普段からネットワークビジネス、いわゆるマルチ商法にはあまり肯定的ではないわたしですけども。
合法なのはもちろん理解してるし、いいとか悪いとかを述べたいわけではないんだけども、それでもネットワークビジネスで成功しようってのはまさに修羅の道なわけです。
勧誘にあって、なんか話聴いてる限りは悪いものでもなさそう、むしろいいんじゃね?って思っちゃってるあなたに、そんな甘いもんじゃないんだよ、って言う代わりにこのニューカルマを勧めたい。
それくらいに、この本ではネットワークビジネスの沼をしっかりと表現されてるなーって思うわけです。
あらすじ
大手総合電機メーカーの関連会社に勤務するユウキ。かねてから噂されていたリストラが実施され、将来に不安を募らせる中、救いを求めた先はネットワークビジネスの世界だった。成功と転落、失ってしまった仕事と友人…。あげく、ユウキが選び取った道とは―。
ネットワークビジネスの沼にどっぷり沈んだ男の行先
ネットワークビジネスってのはまさに沼で、儲かっている人が抜け出せないのはもちろんわかるんだけど、明らかに支出のほうが多い人まで沼に嵌り込む現実がある。
それは、参加したきっかけが例えば夢だったり、あるいは将来への不安だったり。お金のため、っていう部分をそういった部分でカモフラージュして、世間で疎まれていることに対する言い訳にしているってわけ。わたしは夢のために頑張ってるのにみんなはわかってくれない!みたいなね。
この本の主人公はネットワークビジネスで底を見て、頂点にも立って、またそこから突き落とされて。それでも抜け出せず、最後には自分が主催する側に回るという、ネットワークビジネスの沼に本格的にどっぷりハマってしまったところでこの物語は終わる。
ただ儲けたいっていうよりも、業界を正したいだとかそういう思いがあるのかもしれない、あくまで推測だけど。でも、そう思っている時点でやっぱり沼に浸かってしまっていることには変わりないんだよな。
これだけ痛い目を見たのなら本来ならもう関わらないぐらいが普通だと思うんだ。でも、汚い部分をキレイ事で隠してきて自分があるから、そのそのキレイ事がいつまでも捨てられなくなってきちゃうんだろうなとおもった。
傍から見てると馬鹿だなーと思っていても、ハマっている人間からしたら大真面目で。外からじゃわからないネットワークビジネスにハマる心理ってのがこの本にはしっかりと書かれているなーと。
悪意の無さこそが真の邪悪だということ
ネットワークビジネス業界において、主催会社の側は基本的に確信犯だと思っていい。夢だとか慈善事業だとかそんなものはあくまで表面上を取り繕ったものでしかなくって、その本質は企業である以上は営利が第一だということ。
でも、ネットワークビジネスにハマる連中ってのはその建前と本音がわからなくって、真剣に社会貢献だとか夢だとか将来への不安だとか、それなりの志をもって取り組んでいるからたちが悪い。
世間に否定的な人間が多いのはわかっている一方で、それは誤解だとかよく知らないだけといってそこで思考停止して自身を正当化してしまっている。後ろめたさがある一方で、なにが悪いのかってことはホントに理解してなくて、だからこそそこには悪意がないんだよな。ある意味純粋。
友達から縁切られるって……それってふつうじゃないよ。劇中にある言葉だけど、なにが正しいとか悪いだとかどうでもよくって、そんなことを超越した本質的な部分をこの言葉が言い表してると思うんだよな。
いいことをしているつもりかもしれないけれど、でもそれを嫌がる人がいる以上はやっぱり演らないほうがいいんだと思う。自分のスタンスはこんな感じでしかないけど。
ネットワークビジネスへの問題定期であると同時に、上質なエンタメ作品でもある
この小説はネットワークビジネス業界をしっかりと描いていて、そこにある問題だったり、悪く言われる一方で以前に比べてそれなりに自浄作用が働いてきているめんもあったりと、そういった矛盾した部分を含めて問題提起をする内容にもなっている。
ただ、その一方でちゃんとエンターテイメントとしておもしろい小説にもなっている。
ちゃんとキャラクターが描かれていて、ネットワークビジネスってのはあくまで舞台装置でしかなくって、それを使ってちゃんと物語が描けてるんだよね。
だからこそ、この小説が提起するものは頭に入ってくるし、小説自体が面白いからこそ考えさせられてしまう。
こういうところに小説としての存在意義があるのかもな、なんてことも思う。ただ騒ぐよりも、こうやって小説として表に出すことでいろいろな広まり方もするだろうし、そういう狙いもあるんだろうなと。
新庄耕さん、これからも気になる作家さんになりそうです。狭小住宅もおもしろかったもんなー。今後に期待。
それではまたー。